Benjamin's LOG

気分一新

第5409号:One year has passed(1)

 一年前にほとんど何も書いてないから、今日はちと長くて重いよ。

 大半の日本人にとって、4月11日は「東日本大震災の1ヶ月後」という日かもしれない。
 ただ、私の周辺の人間にとってはそれをも上回る出来事が起きた。昨年の事。

 いつものように弁当を食い終わり、揚餃子は弁当には向かないなぁなどと思いながら昼寝しようとした所へ、母からメールが入った。
 挙式を3日後に控えた身で、誰が参加するのしないのといったやりとりを頻繁にしていたから、また誰かがごねてるんかいなと思いつつ開けたメールを見て、頭の中が真っ白になった。親父が都内の出先で倒れて意識不明である、と。
 そこからはとにかく母と合流すべく、都内へ向けてどうやって電車を乗り継いで行くかをさっと調べ、小雨が降る中を駅に向かって急ぎ、地下鉄に乗り継いだ所で地元の病院に搬送するとの連絡が入って引き返し。着いた頃には雨は止んで、同じように連絡を受けた叔父とひたすら救急車が到着するのを待っていた。
 とは言え、まだ状況がよくわかっていないから、ここまでは比較的冷静に動いていたと思う。頭を叩き割られるような衝撃が襲ったのは、緊急手術前の説明に訪れた脳外科医の言葉。救命措置を急がねばならないが、仮に一命を取り留めたとしても、右半身不随、言語障害が残る。この時、初めて事の重大さに気付かされた気がした。それから手術が終わるまで約10時間。明け方4時過ぎにようやく終わった時には、こちらも半分以上抜け殻になっていた。

 あれから1年。最初に救急搬送された病院まで含めれば5度の転院を経て、親父は今なお療養生活を病院で送っている。
 医師に言われた通り、右半身は動かせず、言葉も発せない。食事は経管栄養のまま。半年ほどリハビリ病院で訓練を受けたが結果は思わしくなく、規定により療養型病院に移らざるをえなくなった。
 幸い、知己を通じて紹介して貰った今の病院は、重度障害を持つ患者を専門的に受け入れてくれるということもあってケアが行き届いており、大分落ち着いては来ている。テレビで野球をやっていればじっと見入るし、昔懐かしい音楽を聞かせると涙ぐむ。しかし、倒れる前の日常からは程遠く、それについて一番もどかしく思っているのは親父自身であろう。我々周りの家族も、生きていてくれさえすれば、とは思うものの、果たして本人のために最善を尽くせているだろうか、というところでいつも立ち止まる。
 それでも、私は親父があの時一命を取り留めてくれたことを有り難く思う。残念ながら挙式には参加できなかったが、生きていてくれたことが「ちゃんと神前に誓ってこい」という最大のメッセージだったと思いたい。

 日常は突然非日常に変わり、非日常は時を経て日常となる。
 皆様も今目の前にある日常を大事にして下さい。

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